Sulforaphane LAB

インタビュー

INTERVIEWS

INTERVIEWS.03

橋本 謙二(はしもと けんじ)

千葉大学大学院 医学薬学府 教授 薬学博士
社会精神保健教育研究センター 副センター長

精神疾患を「食べて」予防
複数の研究で示唆されたスルフォラファンの可能性

世界で初めて、精神疾患へのスルフォラファンの作用に着目

 昨今、酸化ストレス等による「炎症」がさまざまな疾患の発症に関係しているという「炎症仮説」が盛んに提唱されています。循環器や消化器領域では、この仮説のもと、青魚に代表されるオメガ(ω)3不飽和脂肪酸など酸化を抑える成分の研究が進んでいます。
 それに比べると精神科領域は、栄養学的観点での予防研究が世界的にみても少なく、遅れをとっている現状です。
 精神疾患は薬物療法が主軸で、長期にわたるケースが多く、副作用も見過ごせません。もし栄養学的、すなわち日々の食事で予防できるとしたら、国民にとって大きなメリットになるとの思いをずっと抱いていました。
 そこで着目したのが野菜です。精神疾患領域でもオメガ3不飽和脂肪酸の研究はすでにいくつもある一方、野菜に関してはほとんどなかったからです。主要論文誌を野菜のキーワードで調べたところ、東北大学の山本雅之教授の研究を筆頭に、Nrf2-keap1制御システムが生体内の抗炎症や抗酸化にきわめて重要な働きをしていることを示す論文が多数あることが目に止まりました。そして、このNrf2-keap1制御システムに働きかけて抗酸化・抗炎症作用を高める物質として取り上げられていたのが、ブロッコリーに含まれているスルフォラファンでした。
 このような経緯で、7年ほど前から精神疾患とスルフォラファンの関係性の研究に取り組むようになりました。スルフォラファンの作用を精神疾患に応用したのは我々の研究グループが世界で初めてだと思われます。

スルフォラファン研究で示唆された、統合失調症およびうつ病の発症予防作用

 我々の研究グループは、精神疾患の中でも患者数が多い統合失調症とうつ病において、スルフォラファンによる予防効果を動物実験によって明らかにしています。

◆統合失調症

 統合失調症は、思春期~青年期を好発時期とする代表的な精神疾患です。原因は明らかになっていませんが、多くの疫学研究から胎児期の母体の炎症が、生まれてくる子どもの発症リスクを高くすることが知られています。そこで我々の研究グループは、リスクを持って生まれた子どもが思春期に入る前の小児期に、抗炎症に働く栄養学的な対策を講じることで発症を抑えることができるのではないかと考え、マウスを用いた実験を行いました。
 妊娠中のマウスにPoly(I:C)という、炎症を起こす薬剤を投与することで、統合失調症発症リスクが高い仔マウスが生まれます。この仔マウスを2群に分け、小児期にあたる生後4週から8週まで、一方は通常のエサを、もう一方にはスルフォラファンの前駆体であるグルコラファニンという物質が含まれたエサを与えました。その結果、グルコラファニン入りのエサを食べた群では10週以降に、統合失調症の中核的症状(認知機能障害)の発症率や前頭皮質におけるパルブアルブミンというタンパク質の低下が、もう一方に比べ統計学的に有意に抑制されることがわかったのです。
 さらに、併せて行った統合失調症患者の毛髪細胞を用いた実験などから、細胞の中心体に関わる遺伝子SFI1の異常が統合失調症の病態に関係していることも見いだされました。
 つまり、統合失調症の発症リスクが高い素因を持って生まれた子どもも、小児期の栄養によって、思春期~青年期での発症を予防できるのではないかということを、この研究結果は強く示唆しているのです。
 この研究結果は2018年2月に英国の論文誌『Scientific Reports』に掲載されました。

◆うつ病

 我々の研究グループは、統合失調症と同じく代表的な精神疾患であるうつ病も、スルフォラファンで予防できる可能性があることを動物実験で明らかにしています。こちらは2016年7月に『Scientific Reports』誌に論文掲載されました。
 体格の違う2種類のマウスを同じケージに入れ、毎日10分間、大きいマウスに小さいマウスをいじめさせます。それ以外の時間はケージに仕切りを入れ、接触はさせませんが、においで相手が同じ部屋にいることを認識させます。これを10日間続けることで、小さいマウスはうつ状態になります。
 ところが事前に、小さいマウスにスルフォラファンを摂取させると、いじめられてもうつ状態になりにくいのです。
 うつ状態になったマウスの脳を調べたところ炎症が確認され、Nrf2およびkeap1タンパク質の発現が減少していることもわかりました。うつ病の発症メカニズムは明らかになっていませんが、これらの研究はうつ病も脳の炎症であり、スルフォラファンの抗炎症作用が発症予防に寄与する可能性を示唆しているといえます。
 社会の高齢化にともない、高齢者うつが問題視されています。特に女性の有病者は男性の2倍ともいわれており、閉経による女性ホルモンの変化との関連が指摘されています。
 高齢者のうつは認知症の発症リスクになることもわかってきています。スルフォラファンを含む野菜を日常的に食べることで、うつになりにくくなる可能性があるということは、長い目で見れば認知症の予防にもつながるのではないかと期待しています。

◆自閉症

 今、取り組んでいる研究は自閉症(ASD:自閉症スペクトラム・アスペルガー症候群。以下、自閉症と表記)の予防に関するものです。
 自閉症のリスク要因の一つにも、胎児期の母体の炎症が指摘されています。ストレス等で血液中に増える炎症性サイトカインと、生まれてきた子どもの自閉症発症リスクに関連性があり、母親に炎症が起きている状態で生まれた子どもに発症リスクが高いことがヒトで証明されています。
 そこで、炎症を起こす薬剤を投与した妊娠マウスに、妊娠中から離乳まで、スルフォラファンの前駆体であるグルコラファニンを含むエサを食べさせたところ、生まれてきた子どもは自閉症様症状を示さないという結果が得られました(現在、研究中)。
 これは、スルフォラファンが母体に対し抗炎症作用を及ぼし、子どもの自閉症発症リスクを抑えたことを示唆します。ヒトにおいても、母親が妊娠中に抗炎症作用のある食事をとることで、子どもの精神疾患の発症リスクを抑えられる可能性のあることが、見えてきているといっていいでしょう。

研究を通して実感した、野菜の重要性

 中高生で抑うつ気分を自覚している子どもを対象にした疫学調査で、緑黄色野菜をよく食べている子の方に、抑うつ気分が少ないとの知見を得ています(論文投稿中)。
 私自身も、意識して野菜を多く摂るようにしています。それは自分のこれまでの研究から野菜の重要性を強く認識しているからです。
 スルフォラファンの研究を通して、ブロッコリー スプラウトなどの身近な野菜に含まれている成分がこれほどまで健康に寄与する可能性を持っているのかと、正直なところ大変驚いています。普段の食事で摂る栄養に気をつけることで予防が見込めるなら、発症してしまってから薬で治療するよりもメリットが大きいことは明白です。
 我々の研究は、研究成果を学術誌に発表することが最終目的ではなく、患者さんを初めとする国民の健康に貢献できることが最終目的です。一般の方々に野菜を摂ることの重要性をもっと知っていただき、自身や家族、身近な人の健康増進に役立てていただきたいという思いが研究を進める原動力の一つになっています。