Sulforaphane LAB

スルフォラファン研究の歩み

HISTORY OF SULFORAPHANE RESEARCH

1.スルフォラファン研究の始まり
1-1.スルフォラファン研究の父、ポール・タラレー博士
1-2.身体の解毒代謝とがんの関係に注目
コラム身体に備わる解毒の仕組み
2.スルフォラファンの解毒酵素誘導作用の発見
3.「ブロッコリースプラウト」の誕生
3-1.スルフォラファンの生成メカニズムの解明
3-2.ブロッコリーの「新芽」に注目
4.スルフォラファンの作用メカニズムの解明
4-1.Nrf2-Keap1制御システムの発見
コラムNrf2による酵素誘導の仕組み
4-2.スルフォラファンのNrf2-Keap1制御システムへの影響
コラムNrf2-Keap1制御システムの重要性
5.スルフォラファン研究の広がり
5-1.スルフォラファンのピロリ菌害軽減効果
5-2.スルフォラファンの大気汚染害軽減効果
5-3.スルフォラファンの肝機能異常改善効果
5-4.スルフォラファンの自閉症、うつ病症状緩和効果
1. スルフォラファン研究のはじまり

多くの医学研究者の関心が、がんの「予防」よりも「治療」に注がれていた1980年代のアメリカで、スルフォラファンの研究は始まりました。

1-1. スルフォラファン研究の父、ポール・タラレー博士

スルフォラファンの健康効果に世界で初めて注目したポール・タラレー博士は、1923年にドイツ・ベルリンで生まれました。第二次大戦中の1940年にヨーロッパからアメリカに渡り、17歳でマサチューセッツ工科大学に入学。生物物理学を専攻後、シカゴ大学、エール大学で医学を学び、消化や吸収、代謝、排出などあらゆる生体機能においてなくてはならない「酵素」の研究に従事しました。特にホルモン代謝に関わるケトステロイドイソメラーゼ(KSI)に関する研究では35以上の論文を発表し、高い評価を得、40歳の若さでアメリカ医学界の最高峰ジョンズ・ホプキンス大学医学部の薬理学教授に就任しています。
タラレー博士は、酵素の研究に従事しながら常にがん研究への意欲を持ち続けていました。それは、最初に医学を学んだシカゴ大学で出会い、生涯の師と仰いだチャールズ・ハギンズ博士の影響によるものでした。ハギンズ博士は、がんは切除する以外に治療法がなかった時代に、前立腺がんのホルモン療法を発見し、ノーベル生理学賞・医学賞を受賞した人物。タラレー博士は、がんを化学物質の投与のみで抑制し、多くの命を救ったハギンズ博士の研究に強い衝撃を受け、自身もがんの撲滅に貢献する研究に携わりたいと考えていました。

ポール・タラレー博士

1-2. 身体の解毒代謝とがんの関係に注目

転機は1974年、タラレー博士が51歳の時に訪れました。食品添加物として広く使用されていたブチルヒドロキシアニソール(BHA)という物質に、身体の解毒代謝に関わる酵素の一つであるグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)を誘導する作用を見出したのがきっかけでした。それまでの研究で、BHAにはがんの腫瘍形成抑制効果が報告されており、GSTには発がん物質を体外に排出する作用があることも明らかになっていました。これらの事実から、タラレー博士はBHAのような身体の解毒代謝に関わる酵素を誘導する化学物質を摂取することで、がんを予防することができるのではないかと考えました。

コラム身体に備わる解毒の仕組み

体内に取り込まれた発がん物質を、身体に無害で排出しやすい物質に変える機能を「解毒代謝」といいます。解毒代謝は、その過程を大きく2つのフェーズに分けることができ、それぞれの反応にはシトクロムP450などの「フェーズ1酵素」と、GST、キノンレダクターゼ(QR)などの「フェーズ2酵素」と呼ばれる酵素が関わっています。

解毒代謝の仕組み

実は多くの発がん物質は、体内に取り込まれてすぐに発がん作用を示すわけではありません。フェーズ1酵素の働きによって反応性の高い代謝産物に変化することで、細胞内のDNAを傷付け、がん細胞を生み出してしまいます。がんの発生を防ぐためにはこの代謝産物を素早く無害な物質に代謝し体外に排出することが必要で、フェーズ2酵素の働きが大きな鍵を握ります。

2. スルフォラファンの解毒酵素誘導作用の発見

ポール・タラレー博士の研究チームでは、BHAの解毒酵素誘導効果を発見した後、さまざまな物質の解毒酵素誘導活性を調査しました。その結果、解毒酵素を誘導する物質には、フェーズ1酵素とフェーズ2酵素の両方を誘導するものとフェーズ2酵素のみを誘導するものがあることを分かりました。フェーズ1酵素の誘導は、解毒代謝の促進が期待できる一方で、過剰に作用すると発がんリスクを高める可能性もあります。対してフェーズ2酵素のみを誘導できれば、フェーズ1で発生する有害な中間生成物を素早く代謝でき、リスクの軽減が期待できます。このことから、タラレー博士の研究チームは「フェーズ2酵素のみを誘導する物質」に的を絞り、成分探索を進めました。
研究チームは「果物や野菜を多く摂取する人は、がん発生リスクが低い」という疫学研究の報告をヒントに、野菜や果物の含有成分に解毒酵素の誘導効果があるのではないかと考えました。彼らは、市場で販売されているあらゆる野菜や果物の解毒酵素誘導活性を調査。その結果、キャベツやカリフラワーなどのアブラナ科野菜で、共通してフェーズ2酵素の誘導活性が高く、アブラナ科野菜の中でも特にブロッコリーに高い効果が期待できることを見出しました。

ブロッコリーにフェーズ2酵素を誘導する成分が含まれると考えた研究チームは、同大学化学科のゲイリー H・ポズナー博士とともに関与成分の探索に取り組みます。そして、イソチオシアネートの一種・スルフォラファンが、天然に存在する強力なフェーズ2酵素誘導因子であることを突き止めます。この研究結果は1992年に「A major inducer of anticarcinogenic protective enzymes from broccoli Isolation and elucidantion of structure(ブロッコリーからの抗発癌性防御酵素の主要な誘導物質の単離と構造の解明)」というタイトルで論文発表され(1)、ブロッコリーにがんの予防効果があるというニュースは、ニューヨークタイムズ紙の表紙を飾るなど全米で大きな話題となりました。

スルフォラファンの構造式

3. 「ブロッコリースプラウト」の誕生

スルフォラファンの解毒酵素誘導活性を発見した2年後の1994年、タラレー博士は、ジョンズ・ホプキンス大学内にブラシカ・ケモプロテクション研究所を設立し、アブラナ科(=ブラシカ)野菜のがん予防研究を本格稼働させました。そこに招かれたのが、植物生理学の専門家で、2016年現在タラレー博士の後を継いでスルフォラファン研究チームを率いているジェド・ファヒー博士です。

3-1. スルフォラファンの生成メカニズムの解明

ファヒー博士は、研究チームに参加してすぐに重要な事実を明らかにしました。それは、スルフォラファンは植物体内には存在しないということです。
スルフォラファンは植物の細胞中にはスルフォラファングルコシノレート(SGS)という前駆体の状態で含まれます。このSGSは、植物が傷つけられたりすり潰されたりして細胞が壊れると、同じく植物体に含まれる酵素・ミロシナーゼによって加水分解されて、スルフォラファンに変化します。SGSは安定性が高く、細胞内への貯蔵が可能なのに対して、スルフォラファンは、生成されて数時間で揮発してしまうため、植物体内には保持されません。
また、SGSをスルフォラファンに変換するミロシナーゼは、高温で失活するため、例えばブロッコリーを茹でてから咀嚼してもスルフォラファンとして摂取することはできません。スルフォラファンの有用性を得るには、ブロッコリーは生のままよく噛み砕いて食べる必要があるのです。
※ただし、SGSの一部は腸内細菌が持つ酵素によってスルフォラファンに変換されます。

スルフォラファンの生成メカニズム

3-2. ブロッコリーの「新芽」に注目

ファヒー博士は、100品種以上のブロッコリーを種子から栽培し、品種ごと、成長ステージごとのSGS含有量を調査しました。その結果、ブロッコリーに含まれるSGSの量は品種間で大きく異なり、ブロッコリーが成長するに従ってその含有量は減少することを突き止めます。この研究は「Broccoli sprouts:An exceptionally rich source of inducers of enzymes that protect against chemical carcinogens(ブロッコリースプラウト: 化学的な発癌物質に対する防御酵素誘導物質の非常に豊かな供給源)」というタイトルで1997年に論文発表され(2)、ブロッコリーの発芽野菜「ブロッコリースプラウト」が誕生するきっかけとなりました。

ジェド・ファヒー博士

4.スルフォラファンの作用メカニズムの解明

スルフォラファンが身体の中でどのように作用し解毒酵素を誘導するのか、その仕組みは日本の研究者によって明らかにされました。研究を進めたのは、2016年現在東北大学医学系研究科で教授を務める山本雅之博士です。

4-1. Nrf2-Keap1制御システムの発見

タラレー博士がスルフォラファンの解毒酵素誘導活性を発見した5年後の1997年、当時筑波大学で転写因子の解析に取り組んでいた山本博士らの研究チームが、赤血球の分化に関わる転写因子として発見した「Nrf2」が、解毒代謝で働くフェーズ2酵素の転写因子でもあることを見出します(3)。さらにその2年後、同研究チームはNrf2が発がん物質や活性酸素など、親電子性を持つ物質に反応して働きを示す環境応答機構であることを明らかにします(4)。山本博士らが解明した、転写因子Nrf2によるフェーズ2酵素誘導の仕組みは次のとおりです。

コラムNrf2による酵素誘導の仕組み

Nrf2という転写因子は、発がん物質や活性酸素などの有無に関わらず、常に生体内で生成されています。これは、身体がそれらの害にさらされた際に素早く酵素を生成し、ダメージを防ぐためと考えられます。ただ、発がん物質や活性酸素などの親電子性を持つ物質が体内に存在しないとき、Nrf2は生成される度に分解される「アイドリング状態」にあり、転写因子としては働きません。Nrf2の活性は、Keap1というタンパク質によってコントロールされています。Keap1は親電子性物質を感知すると同時に、Nrf2の分解を促進する機能も持っています。Keap1は親電子性物質が体内に侵入したことを感知するとすぐにNrf2の分解を停止します。分解が停止したNrf2は、核内に移動してDNAに結合、酵素の生成を促し、DNAのダメージを防ぎます。

Nrf2-Keap1制御システムの概要

4-2. スルフォラファンのNrf2-keap1制御システムへの影響

スルフォラファンには、体内で悪影響を示さない程度の親電子性があります。この親電子性がKeap1に感知されることで、Nrf2の分解を停止し、酵素の生成を促進すると考えられています(5)
Keap1が発がん物質等の親電子物質を感知してから解毒酵素が有効に働き出すまでには通常8時間程度かかります。毒性のないスルフォラファンをあらかじめ摂取し、酵素を生成しておくことはこの間のダメージ抑制に繋がります。また、スルフォラファンには、老化や糖尿病等の慢性疾患によって低下するNrf2の活性を向上させる効果があるとも報告されています(6)

コラムNrf2-Keap1制御システムの重要性

解毒酵素の誘導機構として発見されたNrf2-Keap1制御システムは、今では細胞の酸化ストレス応答を担う主要機構として認識されています。加えて、最近では抗炎症や不要たんぱく質の分解、鉄代謝等に関わる遺伝子の発現や、アポトーシスの誘導などにも関与していることが明らかになってきており、生体の恒常性維持における重要な機構として注目を集めています。

5. スルフォラファン研究の広がり

スルフォラファンはがん予防でその健康効果が見出されましたが、作用メカニズムが解明されたことで、期待される効果が大きく広がりました。現在では、さまざまな分野で研究が進められています。

5.1 スルフォラファンのピロリ菌害軽減効果

スルフォラファンには、胃炎や胃がんの原因とされるピロリ菌害を防ぐ効果が報告されています。
ピロリ菌への効果を最初に報告したのは、ジョンズ・ホプキンス大学のファヒー博士でした。彼は、大学の同僚からブロッコリースプラウトを摂食している患者に胃炎の軽減が見られたという話を聞き、スルフォラファンが関与しているのではないかと考えました。ファヒー博士は、細胞やマウスを対象にした試験を行い、スルフォラファンがピロリ菌の成長阻害剤として働くこと及び胃がんの腫瘍形成抑制効果を示すことを突き止め、2002年に発表しました(7)
ヒトに対する検証は、谷中昭典博士(2016年時点で筑波大学医学部教授)によって行われました。谷中博士は、スルフォラファンを高濃度に含むブロッコリースプラウトを使い、ピロリ菌感染者25人を対象にした臨床試験を実施。スルフォラファンを高濃度に含む発芽3日目のブロッコリースプラウトを1日70g、8週間摂食した結果、ピロリ菌が8分の1に減少するという研究結果を得、2009年に発表しました(8)

ヒト便中ピロリ箘量(HpSA)と胃炎の程度(PGⅡ値)

5-2. スルフォラファンの大気汚染害軽減効果

2014年8月、ジョンズ・ホプキンス大学のジェド・ファヒー博士らの研究チームによって、スルフォラファンに大気汚染物質の一つであるベンゼンの排出促進効果があることが報告されました。
試験は、中国の中でも特に大気汚染が深刻な揚子江デルタ地帯の住人291人を対象に行われました。研究チームは、住人を2グループに分け、1グループにはスルフォラファンを一定量含むジュースを、もう1グループにはスルフォラファンを含まないジュースをそれぞれ3カ月間飲んでもらい、体内に吸収された大気汚染物質の排出促進効果を調べました。その結果、スルフォラファンを含むジュースを摂取したグループで、大気汚染物質の一つであるベンゼンの排出促進効果が確認されました(9)

5-3. スルフォラファンの肝機能異常改善効果

2015年11月、東海大学の研究チームによって、スルフォラファンに肝機能マーカーとして知られるALTおよびγ-GTPの値を下げる効果があることが報告されました。試験は、3つの肝機能マーカーのいずれか2つが高い男性52人を2グループに分け、1グループにはスルフォラファンの前駆物質であるスルフォラファングルコシノレート(SGS)を1日30mg、もう1グループにはSGSを含まない偽薬を2カ月間摂取してもらい、肝機能マーカーへの影響を調べました。その結果、SGS摂取群で、ALTおよびγ-GTPの値が有意に改善されました(10)

5-4. スルフォラファンの自閉症、うつ病の症状緩和効果

2014年10月、ジョンズ・ホプキンス大学とマサチューセッツ総合病院の合同研究チームによって、スルフォラファンに自閉症スペクトラム障害(以下、ASD)の症状を改善する効果があることが発表されました。試験はASD患者44人を2グループに分け、1グループにスルフォラファンを18週間毎日摂取してもらい、行動変化を定量的に評価しました。その結果、スルフォラファンを摂取したグループでは、未摂取のグループと比較して数値に大幅な改善が認められ、ADSの症状改善効果が示唆されました(11)
また、2015年6月には橋本謙二博士(2016年現在、千葉大学社会精神保健教育研究センター教授)の研究チームが、小児期にスルフォラファンを摂取することで統合失調症の予防効果が期待できることを発表しました(12)。その後2016年8月には同研究チームは、スルフォラファンのうつ病リスクの低減効果についても報告しており(13)、メンタルヘルスの分野での期待が高まっています。

文献